逝く者、いくもの 前章

二章

「もし……」
 小五郎は気配を殺して近づいたため六人からなるその隊は相当に驚いたようで、飛び上がった。
「母成からお引上げとお見受けいたします。仙台に向かわれるのでしたら、できますればご一緒に……」
「何者だ」
「幕臣にゆかりの者です」
 胡乱な視線を向ける兵士に対して、小五郎は一兵士として闘うために江戸からここまでたどり着いたことを言葉を尽くして説明した。衣服などボロボロであり、髪にも艶がなくぼさぼさとしている。疑いをそらすため、品川で山賊に襲われた際に偶然手にした彰義隊の腕章を見せた。
「仲間か」
 その身分証を見てひとりの男が頷いた。
「我等、彰義隊の生き残りだ。母成で敗れ、仙台に向かっている。他の隊も散り散りになりながら福島を経て仙台に向かっているようだ」
 その腕章の効力は絶大だった。兵士たちは警戒を解いたようで、一人の男がいっしょに行こうと言ってくれた。
「彰義隊の一員ではないのか」
 と聞かれたので、この腕章は身内であることを伝える。さらに安心させるために、幕府海軍で開陽の乗組員の中島三郎助と知人であることも話した。
「中島さんなら榎本さんと一緒に仙台港に入ったらしいな」

逝く者、いくもの 前章2-1

「うまくいけば会えるぞ」
 やはり榎本艦隊は噂通り品川港より脱出し、北上したようだ。
 知人ではあるが、中島と顔を合わせると小五郎には困ったことになってしまう。十数年前に中島の家に寄宿していたという縁は確かにあるが、中島は小五郎の身の上をよぉく知っているのだ。
 だがそれは後回しにしないとならない。とりあえず彰義隊の一員に加わり、福島の関所に向かった。この一隊に加わればこの先の列藩同盟の領地は潜り抜けることはできるだろう。
 福島宿はあっさり通り抜けた。ここには母成の敗残兵が多く到着していた。関所は詮議なく通してくれたが、藩内の居座りは迷惑という姿勢だった。小藩の福島も列藩側と新政府との間で揺れているのだろう。休むことなく北の仙台藩領である白石に向かった。ここまで来れば安心だと隊士たちと堂々と街道を歩いていく。泥で汚れているが年若い兵士たちの顔はあどけない。
 蔵王まで来て小五郎はせき込み、その場で膝をついてしまった。目の前がぼんやりとする。その日は野宿となり農家の納屋を借りて休むことになった。六人の隊士たちは小五郎を置いて先に行こうとはしなかった。
「なに心配するな。旅は道連れだ。ここまで来たら背負ってでも仙台に連れて行ってやる」
 良い人と巡り合ったようだ。この身が新政府の人間だと知れば、おそらく八つ裂きにしたいに違いない。そう考えるとわずかに胸が痛む。だが仙台まで残り十里。今の小五郎は仙台にたどり着くことしか頭になかった。
 湯治場で手にした咳止めを飲み、心配をかけないように棒を杖替わりに小五郎は歩く。早く歩けば一日でたどり着く距離だったが、二日かけてどうにか仙台にたどり着いた。

逝く者、いくもの 前章2-2

「ついた……」
 江戸からここまで長い旅だった。
 城下では榎本脱走艦隊の噂をちらほらと耳に入った。仙台藩は現在、恭順か徹底抗戦かの評定を繰り返しているらしい。
 だが小五郎の体力はここまでだった。城の西に湯治場があるということで、そこに滞在して体を休めることに決めた。年若い彰義隊隊士の笹本に「和田小五郎」と名を告げ、仙台藩が一戦に出るときは知らせてほしいと頼んだ。
 温泉には多くの傷ついた兵士が傷を癒していた。進軍する新政府軍を迎え撃った母成の一戦や、旗巻峠や駒ヶ嶺の一戦で傷ついた兵士もいる。
「新選組がお城に入った」
 老齢の仙台藩士が言うには、会津より脱出してきた副長土方歳三が率いる新選組も仙台城に入り、伝習隊の大鳥や海軍副総裁の榎本らと仙台藩をあげて徹底抗戦するよう説得中らしい。
「……抗戦ですか」
 尋ねると、老兵は首を捻った。
「藩の中枢は弱腰だ」
 戦争の旗色が見え始めたとき、どこの藩も保守派の恭順派が勢いをもって実権を手にする。長州藩もあの幕府による第一次征討の際、革新派を追い落として保守派の椋梨が実権を握り、幕府に恭順の姿勢となった。
「但木さま一人では分が悪かろう」
 じゃが、と老兵は続けた。
「幕府艦隊と陸軍はやる気だ」
 小五郎も頷く。あの新選組の土方が生きて会津を脱出したというならば、それは闘い続けるためだろう。

逝く者、いくもの 前章2-3

 だが、どこで戦うのか。会津や庄内は抗戦中と言うが、それ以外の藩はほぼ及び腰で恭順の機会を狙っているとしか思えない。
「榎本さんたちはこれからどうするつもりでしょうか。陸から支援を……」
「それは無理だろうな。庄内なら海から大砲を打ってもどれだけ援軍となるか」
 そろそろ会津も持つまい。会津が終われば次は庄内。時間の問題だと老兵は悔し気につぶやく。
「榎本艦隊がもっと早く来てくれれば」
 一戦をする覚悟がなければ品川港を脱出などしないはずだ。やる気だ。だが、どこでどう戦う?
 それが小五郎には分からなかった。
 小五郎が江戸に出向いた際、艦隊は不気味なほど静けさを保って品川港に停泊していた。徳川宗家に何かあればすぐにも戦闘に入るという明らかな脅しをかけていたのだ。臨戦状態を解かず、砲は江戸城に向いていた。上官であった勝義邦は榎本に艦隊を引き渡すように説得したが、榎本は性能が悪い四艦のみ引き渡し、開陽をはじめ最新鋭の艦隊を保持し続けた。
 奥羽越列藩同盟がすべて降伏となれば、榎本に行き場がなくなる。仙台が降伏の場合は、ともに新政府軍に首を垂れようか。
(いや……榎本はそういう男ではない)
 品川港での不気味な静けさを小五郎は思い出す。あれは意思に思えた。榎本釜次郎という男の巨大にして、細密な意思があの艦隊には確かにあった。
(考えるのだ)
 仙台藩が恭順し行き場を失う榎本艦隊と幕府の陸軍部隊や東北諸藩の隊。恭順を拒むとするなら、彼らはどこを目指すのか。

逝く者、いくもの 前章2-4

(異国に亡命? いやそれはすまい。なら……まさか!)
 小五郎ならば、この手以外には思いつかない。無謀な手であるが、何千もの兵を艦隊にのせて向かう場所があるというならば、
「蝦夷」
 箱館には幕府が設置した五稜郭という砦がある。港には石で囲まれた弁天岬台場もあり、もとは露西亜に対する防備を目的としているが、立てこもる設備が十二分にあるのだ。
 箱館奉行所に変わり箱館府を新政府は設置したが、兵力はわずか。また蝦夷の守護に回っている松前の少数の兵力のみでは旧幕府の最新鋭の艦隊や歴戦の陸軍部隊には適うまい。
 考えれば考えるほどにこの手しかないように思えた。
 ただ一つ問題があるとすれば、冬の津軽海峡を最新鋭の艦隊と言えど、兵士を何千と連れて渡ることは叶うのか。蝦夷はもう雪が降っている季節だ。
 彰義隊の笹本が小五郎を訪ねてきたのは九月の下旬だった。
「仙台は十二日に降伏を受け入れたみたいだ。榎本さんたちが説得しているが全くなしのつぶて。会津も下った。仙台藩にとって俺らや艦隊がここにいるのは邪魔だから東名浜に行くことになった。小五郎さんの名前も届けているから艦隊に乗り込もう」
 どうやら迎えに来てくれたようだ。
 半月ほど療養していたのでずいぶんと体も軽くなった。
 小五郎は笹本に連れられ東名浜(松島)に向かい、九月二九日旗艦回天に乗り込んだ。同室には笹本ら顔見知りの彰義隊の六人と、見知らぬ男が一人。
「俺たちの仲間の大塚さん」
 紹介をされ小五郎も名乗ると、大塚は快活な表情で「江戸から駆けてくるなどたいしたものだ」と小五郎の肩をバンと叩く。

逝く者、いくもの 前章2-5

 艦隊に乗船する際に笹本にどこに向かうか尋ねたが、知らされていないようだ。おそらく蝦夷だろうと考えるが、小五郎には確信が持てず、その日から突如発熱し寝込むことになった。
 回天は揺れる。
 早くまだこの身が動けるうちに戦場に運んでほしい。せめて最後は武士らしく闘って死にたいものだ。そう、この自分の息の根を止めてくれるならば……そこが未開の果てであろうと、地獄であろうと小五郎には構わなかった。



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